旧約の礼拝と初代教会の礼拝
4 月/27日
BC586年、バビロニア帝国の侵略によってイスラエルの都エルサレムは陥落し、同時に神殿も破壊されました。捕囚の民となったイスラエル人(ユダヤ人)は神殿のないバビロンで律法中心の礼拝を発展させたと言われています。それが新約聖書の時代には聖書にしばしばでてくる会同(シナゴグ)礼拝として行われるようになりました。初代教会がキリスト礼拝を始めたときにはこの礼拝形式を色濃く残した形での礼拝が行われるようになったのです。
また離散したユダヤ人(これをディアスポラと呼びます)たちは、「10人集まれば会堂建てる」と言われるように−それは10人が1/10献金を献げれば、一人分になり、会堂管理者が生活できたからです。−どの町でも会堂を建てて礼拝をしたのです。
彼らの礼拝には賛美と祈りと律法の3つの要素がありました。礼拝は会衆の賛美で始まります。おそらく詩篇を歌ったものだと思われます。また、会堂管理者が会衆の中から説教者を招きました。イエスもそうですし、使徒の働きの中でパウロが行く町々で安息日に会堂で話したことが記されています。第2に祈りです。定型的な祈り、信仰の告白をささげるような祈りが入ってきます。第3は律法で、これが礼拝の中心でした。律法と預言者(旧約聖書)が朗読され、そのみことばに基づいて勧めがされました。会衆のなかではそれにふさわしいと考えられていた人はみなそれが許されたようです。そして祝祷、会衆の「アーメン」で礼拝が終了しました。
初代教会はこれを受け継いで礼拝を始めたことでしょうが、一つだけ違ったのは彼らが「パン裂き」、つまり聖餐式を加えたことです。イエスの恵みとして彼らはこれを大事に守ったのです。礼拝には歴史的な背景があります。少々お話ししていきましょう。
また離散したユダヤ人(これをディアスポラと呼びます)たちは、「10人集まれば会堂建てる」と言われるように−それは10人が1/10献金を献げれば、一人分になり、会堂管理者が生活できたからです。−どの町でも会堂を建てて礼拝をしたのです。
彼らの礼拝には賛美と祈りと律法の3つの要素がありました。礼拝は会衆の賛美で始まります。おそらく詩篇を歌ったものだと思われます。また、会堂管理者が会衆の中から説教者を招きました。イエスもそうですし、使徒の働きの中でパウロが行く町々で安息日に会堂で話したことが記されています。第2に祈りです。定型的な祈り、信仰の告白をささげるような祈りが入ってきます。第3は律法で、これが礼拝の中心でした。律法と預言者(旧約聖書)が朗読され、そのみことばに基づいて勧めがされました。会衆のなかではそれにふさわしいと考えられていた人はみなそれが許されたようです。そして祝祷、会衆の「アーメン」で礼拝が終了しました。
初代教会はこれを受け継いで礼拝を始めたことでしょうが、一つだけ違ったのは彼らが「パン裂き」、つまり聖餐式を加えたことです。イエスの恵みとして彼らはこれを大事に守ったのです。礼拝には歴史的な背景があります。少々お話ししていきましょう。